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新潟地方裁判所 平成2年(行ウ)2号 判決 1992年12月22日

原告

宮澤朝子

右訴訟代理人弁護士

工藤和雄

土屋俊幸

被告

新発田労働基準監督署長

石井吉男

右指定代理人

有賀東洋男

外三名

主文

一  被告が昭和六〇年一一月二八日付けで原告に対してなした、労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一本件処分(この事実は争いがない。)

訴外亡宮澤栄則(以下、「栄則」という。)は、昭和五四年ころからクレーンを備え付けたトラック(以下、「クレーン付き車両」という。)を所有して訴外新和コンクリート工業株式会社(以下、「訴外会社」という。)の製品を運搬する業務に従事していたが、昭和六〇年一月一二日、車両備付けのクレーンを用いて荷下ろしの作業中、傾いた車両と、既に下ろしてあった製品の間に挾まれ、同日死亡した(以下、「本件事故」という。)。原告は、栄則の妻である。

原告は、同年五月二三日、被告に対して労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」という。)に基づき、栄則の死亡に伴う保険給付(遺族補償給付及び葬祭料)の請求をした。

しかしながら、被告は、同年一一月二八日付けをもって原告に対し、右保険給付をいずれも支給しない旨の処分(以下、「本件処分」という。)をした。本件処分の理由は、栄則が訴外会社との関係において労災保険法の適用を受ける労働者に該当しないというものである。

二争点

本件訴訟の争点は、栄則が訴外会社との関係において労災保険法の適用を受ける労働者に該当すると認められるかどうかである。

三争点に関する当事者の主張

本件訴訟の争点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  原告の主張

栄則は、訴外会社の指揮監督の下で運送業務に従事し、その労務の対価として報酬を得ていたのであるから、労災保険法の適用を受ける労働者に該当する。したがって本件処分は違法であり、取り消されるべきである。

(一) 運搬業務を遂行するに当たっての指揮監督について

栄則ら「代車」は、訴外会社の営業組織に組み込まれ、運搬業務を遂行するに当たっては様々の指揮監督を受けていた。すなわち、

(1) 訴外会社においては、栄則らコンクリート製品等を運搬する業務に従事する者は、「代車」と呼ばれていた。本件事故当時、訴外会社の新発田工場において運搬業務に従事していた「代車」は九名いたが、他には、同工場の運搬業務に従事する従業員はいなかった。したがって、「代車」は、同工場の運送部門の従業員であったと解すべきである。

(2) 「代車」が使用していたクレーン付き車両は、使用者名義が訴外会社新発田工場とされ、対外的には訴外会社の車両として登録されていた。

ちなみに訴外会社は、訴外会社の運搬専門の別会社を作りこれに製品の運搬をさせることを企図したが、他の運送業者の同意が得られず、右企画は頓挫した。これに代わる方法として、他の運送業者に全面的に委託する方法も考えられたが、運送業者の繁忙期には訴外会社のお客の注文に応じ切れないこともありうるので、結局、独自の運送部門を固定的に確保する方法としては、自家用車により運送部門を確保する以外に方法がなかった。そして本来であれば、訴外会社が自家用車を購入(または賃借)し、その運転者を運送部門の従業員として雇用するのが法の要請するところである。然るに訴外会社が運転者を雇用せず、いわゆる「代車」の制度を採用したのは、請負の形を借りることによって、労働法上の規制を回避し、運転者をいつでも解雇することができるようにする営業政策上の理由によるものである。

(3) 「代車」が使用していたクレーン付き車両には、訴外会社のシンボルカラー、マーク、会社名及び電話番号が表示され、外観上、訴外会社の車両であることが明示されていた。

(4) 自動車事故が発生した場合、「代車」には訴外会社への報告が義務付けられ、事故の相手方との示談交渉をすることは禁止されており、示談処理は専ら、訴外会社の事故担当者の権限と裁量に任せられていた。

(5) 外部の運送業者が訴外会社の製品を運送するのは、「代車」だけでは間に合わない時のみであり、「代車」の代わりに外部の運送業者が運送するということはなかった。

(6) 「代車」は、訴外会社に専属し、他社の製品を運搬することは禁止されていた。

(7) 「代車」のクレーン付き車両を「代車」以外の他の者が代理運転することも、訴外会社によって禁じられていた。

(8) 「代車」は、毎日、製品を運搬する前に車両を点検することを義務付けられ、点検の結果を作業前点検記録表(<書証番号略>)に記録して配車係に提出し、検印を受けていた。作業前点検によって不備が発見された場合は、配車係が修理を指示し、「代車」はその指示に従って修理していた(「代車」が指示どおりに修理しない時は、配車係は運送の割当てをしないこともあった。)訴外会社は、「代車」以外の運送業者には作業前点検記録表の提出をさせておらず、訴外会社の「代車」に対する指揮監督が、一般の運送業者に対する指示を超えていることは明らかである。

(9) 訴外会社が「代車」に適用していた「トラッククレーン運転業務作業規定」及び「運搬業務作業規定」(<書証番号略>)は、作業における安全管理の諸注意にとどまらず、荷下ろし作業における現場責任者の指示に従うことや製品の取扱基準など、作業の具体的手順を詳細に定め、これに従うことを義務付けている。したがって、「代車」は、右の作業規定によって訴外会社の指揮監督を受けていたといえる。

(10) 訴外会社労務部長が「代車」あてに発出した「御願ひ」と題する文書(<書証番号略>)の内容は、自社の従業員の労働安全に対する指揮ともいいうるものである。

(二) 運搬業務従事の指示に対する諾否の自由について

「代車」は専ら訴外会社の運送業務に従事していたものであって、その運搬業務従事の指示を拒否することはできなかった。

(三) 時間的、場所的な拘束性について

(1) 「代車」は、運搬業務のない日は訴外会社の新発田工場に出向かなくても良かったが、長期間継続的に訴外会社に専属しており、他社の運搬業務に従事することを禁止されていた。

(2) 訴外会社は「代車」に対し、製品の納入現場及び納入時刻を指示していた。もっとも、納入現場までの運搬経路については具体的に指示されていなかったが、これは「代車」に支払われる賃金(運賃)が専ら距離に基づいて計算され、しかもその距離は訴外会社の新発田工場を起点とし納入現場までの直線距離によって算出されるため、納入現場までどの道を通るかは、訴外会社にとって全く考慮する必要がなかったためである。

(四) 作業用機材などの負担関係について

車両運行に伴う各種の責任及び作業用機材等の購入は、本来、訴外会社の負担において行われるべきものである。これらを「代車」が負担していたのは、訴外会社の経費節減を図るための一方的な指示によるものである(「代車」にとって、これらの負担は訴外会社との契約を履行するために不可避のものであった。)。

(五) 報酬について

栄則に支払われていた報酬は、保険料等を控除すると年額五八四万円程度である。これから車両月賦代金(年間約一二〇万円)、修理代金(年間約一〇〇万円)あるいは燃料代金(年間約一〇〇万円)などの諸経費を差し引くと、年収はたかだか金三〇〇万円であって、訴外会社の従業員と同程度にとどまる。

2  被告の主張

以下の諸点を総合すると、訴外会社の「代車」は、訴外会社に対して使用従属関係の下に労務を提供しその対償として訴外会社から賃金を得ていたということはできない。栄則も他の「代車」と同じ形態で運搬業務に従事していたのであるから、同人に労働者性を認めなかった本件処分は適法である。

(一) 運搬業務を遂行するに当たっての指揮監督について

「代車」が運搬業務を遂行するに当たっては、訴外会社との間に、労働者と同様の指揮監督関係があったとすることはできない。すなわち、

(1) 訴外会社新発田工場配車係の「代車」に対する指示は、運搬業務を請け負った運送業者に対して仕事を適正に完成させるためにする指示内容を超えるものではないから、配車係の指示をもって、訴外会社が「代車」に対し通常の労務管理を行っていたとはいえない。

(2) 訴外会社の従業員に適用されていた就業規則等の諸規程は、「代車」には一切適用されておらず、訴外会社は「代車」に対して労働者に対すると同等の指揮はしていなかった。

(3) 訴外会社が「代車」に対して適用していた「トラッククレーン運転業務作業規定」及び「運搬業務作業規定」は、いずれも作業を安全に実施するための基準や事務手続的な事項を定めたものにすぎない。したがって、右各規定が定められていることをもって、労働者に対すると同様な指揮監督が「代車」に対してあったとみることはできない。

(4) 訴外会社労務部長が「代車」あてに発出した「御願ひ」と題する文書は、訴外会社の信用を確保するためのものであって、業務遂行上の指揮監督を内容とするものではない。

(5) 訴外会社が「代車」に対し作業前点検記録表に記録させ、検印を受けさせていた点検事項は、安全確保のために必須の基本的なものにすぎず、訴外会社の「代車」に対する指揮監督を目的とするものではない。

(二) 運搬業務従事の指示に対する諾否の自由について

「代車」は、配車係の運搬業務従事の指示に対して、諾否の自由を有していなかったとはいえない。

(三) 時間的、場所的な拘束性について

「代車」には、労働者としての時間的、場所的な拘束性を認めることはできない。

(1) 訴外会社は、「代車」に対する時間的管理は一切行っていなかった。

(2) 「代車」は、運搬業務のない日には、訴外会社に出向く必要はなかった。

(3) 「代車」は、製品の納入現場への運搬作業が終了したとき電話で配車係に連絡を取るが、その後の運搬作業がない場合は、訴外会社の従業員の終業時刻前であっても、納入現場からそのまま帰宅していた。

(4) 「代車」の休日は、特に定められていなかった。

(5) 「代車」の運搬業務に関して、配車係が積込場所と荷下ろし場所を指定するが、これは運搬作業を行う場合には当然なされるものであり、労働者の場所的な拘束性を意味するものではない。

(四) 労務提供の代替性について

訴外会社が「代車」のクレーン付き車両を他の者が運転して運搬作業を行うことを認めなかったのは、訴外会社としては、車両の名義が訴外会社新発田工場となっていたのでクレーン、玉掛、フォークリフトの資格のない者の運搬作業によって事故等が発生すれば訴外会社にとって大きな問題となるし、「代車」としては、傷害保険が代わりの者には適用にならず、代わりの者が「代車」の車両を用いて運搬作業に従事することは、訴外会社と「代車」の双方にとって不都合であったためであって、「代車」の労務給付を目的とするためではない。したがって、右の点は、労働者の労務提供の代替性いかんとは係わりがない。

(五) 作業用機材などの負担関係について

車両運行に伴う各種の責任負担及び業務用機材等についての負担の関係に照らすと、「代車」に労働者性を認めることはできず、かえって、事業者性を有することが明らかである。

(1) 「代車」のクレーン付き車両は、自動車検査証の使用者名義は訴外会社の新発田工場となっていたが、実質上は「代車」所有の車両であって、「代車」各自が管理しており、訴外会社の車両としての管理は一切なされていなかった。

(2) クレーン付き車両の買換えは「代車」が独自の判断で決定し、訴外会社からの指示はなかった。

(3) 「代車」の運搬作業が訴外会社新発田工場名義の白ナンバーの自家用車によるという形式を採っていたため、訴外会社はクレーン付き車両に訴外会社のシンボルカラー、会社名、電話番号、マークを入れることを希望したが、「代車」は、車両にこれらを入れたものと、そうでないものとがあった。

(4) クレーン付き車両に要する税金、自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)の保険料、車検費用及び整備代は、いずれも、「代車」が直接各支払先に納入していた。

(5) クレーン付き車両の燃料代や修理代も、「代車」が負担していた。

(6) 自家用自動車保険、傷害保険の保険料は訴外会社が立替払いする扱いとなっていたが、最終的には報酬から全額控除されていた。したがっていずれの保険料も「代車」が負担していた。

(7) 運搬作業に必要なワイヤーあるいはガッチャー等の機械器具は、個々の「代車」が自己の費用で購入しており、訴外会社のものを使うことはなかった。また、作業服、安全帽及び安全靴も、「代車」が自己の費用で購入していた。

(8) 「代車」は、製品をクレーン付き車両で運搬するに際し積荷の保全及び安全運行につき全責任をもって管理し、製品を破損して訴外会社等に損害が生じたときは、自ら賠償責任を負うものとされていた。特に、訴外会社の従業員が同会社に対して損害賠償責任を負うのは従業員に故意または重大な過失がある場合に限られていたのに対し、「代車」は、過失により損害を生じさせた場合にも賠償責任を負うものとされていた。

(六) 報酬の性格について

訴外会社から「代車」に対して支払われる報酬は、訴外会社が定めた「運賃表」(<書証番号略>)によって計算されている。右運賃表によれば、運賃は運搬距離及び運搬する製品の重量または個数により計算される(ただし、車両を用いた構内作業あるいは型枠資材運搬については、特定運賃の項に、「常用」として作業に使用する車両のトン数ごとに、一時間または一日(八時間)当たりの単価が定められている。)。したがって、訴外会社から「代車」に支払われていた報酬は、原則として、「代車」が行った運搬業務の完成高に応じたものであって、一定の作業時間内における労務の提供に対し包括的に支払われるのではないから、労務対償性を認め難いものである。

(七) 公租などの公的負担関係

「代車」に係る公的負担には、以下のとおり事業者性をうかがわせる事情が存する。

(1) 訴外会社は「代車」に支払った報酬について所得税の源泉徴収の処理をしておらず、「代車」自身が税務申告をしており、訴外会社が「代車」の税金に関与したことはない。

(2) 「代車」は、健康保険あるいは厚生年金保険ではなく、国民健康保険及び国民年金に加入している。

第三争点に対する判断

一労災保険法の適用を受ける労働者とは、労働基準法に規定されている労働者と同意義であって、使用者に対する使用従属関係の下に労務を提供しその対償として使用者から報酬の支払を受けている者であると解され、労災保険が事業者から徴収する保険料を原資として業務上の事由等による労働者の負傷等に対する保護を図る制度であることに鑑みても、右解釈は支持されるべきである。

右の使用従属関係は、労働者とされる者が使用者とされる者の指揮監督下において労働していると認められる場合にその存在が肯定されるが、指揮監督下における労働であるかどうかは、業務を遂行するに当たっての指揮監督の有無、業務従事の指示に対する諾否の自由の有無、時間的及び場所的拘束性の有無などの諸点を検討し、かつ、労働に従事する者における事業者性の有無をも考慮して、総合的に判断すべきである。

二証拠(<書証番号略>、証人椿豊繁、証人赤塚静雄)によれば、以下の事実が認められる。

1  訴外会社は、昭和四〇年ころから「代車」を使用して製品の運搬業務に従事させていた。訴外会社は「代車」との契約について契約書は作成しておらず、「代車」から、「代車」が訴外会社に対し、積荷の保全及び安全運行に責任をもち、不都合が生じた場合には損害賠償責任を負う旨の「契約書」(<書証番号略>)を提出させていた。

2  本件事故当時、訴外会社の新発田工場には「代車」が九名いたが、同工場には、他に製品運搬業務に従事する従業員はいなかった。

3  訴外会社は、以前、訴外会社の運搬専門の別会社を作り、これに製品の運搬をさせることを企図したが、他の運送業者の同意が得られなかったためにこれを果たせなかった。そこで、これに代わる方法として、製品の運搬を他の運送業者に全面的に委託する方法を考えたが、繁忙期には運送業者の都合で製品の運搬が客の注文に間に合わないこともありうるので、結局、製品運搬部門を恒常的に確保するために自家用車によって製品の運搬をすることとし、「代車」をして製品の運搬業務に従事させていた。

4  「代車」の使用していたクレーン付き車両は、実質上「代車」の所有であったが、自動車登録における使用者は、訴外会社の新発田工場とされていた。

5  訴外会社は「代車」に対し、その使用しているクーン付き車両に訴外会社のシンボルカラー、会社名、電話番号、マークを入れることを希望していた。そして、「代車」が使用していた車両のほとんどは、訴外会社のシンボルカラーで塗装されており、栄則が本件事故当時使用していた車両も同様であった。

6  訴外会社は「代車」に対し、他社の製品等を運搬することを禁じていた。

7  訴外会社は、「代車」の車両を他の者が代わりに運転して運搬業務に従事することを認めていなかった。

8  訴外会社は「代車」に対し、毎日製品を運搬する前に車両の点検を義務付け、点検の結果を作業前点検記録表(<書証番号略>)に記録して提出させ、検印を受けさせていた。作業前点検で不備が発見さた場合は修理を指示し、「代車」はその指示に従って修理していた(「代車」が指示どおり修理しない時は、運送の割当てがなされないこともあった。)。

9  訴外会社が「代車」に適用していた「トラッククレーン運転業務作業規定」及び「運搬業務作業規定」(<書証番号略>)には、作業における安全管理上の諸注意のみならず、作業の具体的手順、荷下ろし作業における現場責任者の指示に従うこと、製品の取扱基準などが、詳細に定められていた。

10  訴外会社労務部長が「代車」あてに発出した「御願ひ」と題する文書(<書証番号略>)には、「代車」の運転する車両が対外的には訴外会社の車であること、作業現場での服装や態度等に注意すること、交通事故を起こした際の処理に関することなどが記載されている。

11  訴外会社は「代車」に対し、交通事故を起こした場合には訴外会社への報告を義務付け、「代車」が訴外会社に断りなく事故の相手方と示談することを禁じ、訴外会社自らが事故の処理をしていた。

12  訴外会社から「代車」に対して支払われる報酬は、訴外会社が定めた「運賃表」(<書証番号略>)によって計算されていた。右運賃表によれば、右報酬は、原則として運搬業務の完成高に応じて支払われることになる。

13  「代車」に対する報酬の支払方法は、毎月末締切りで翌月五日までに「代車」から訴外会社に請求書を提出し、訴外会社において請求書の提出があった月の末に、全額のうちの三分の二を手形で、残額は現金または小切手で支払っていた。

14  訴外会社は、「代車」に対して「就業規則」(<書証番号略>)を適用していなかった。

15  訴外会社は「代車」に対し、出勤時刻、退社時刻、休憩時間を規則等で定めていなかった。しかしながら、配車をする都合から、通常午前七時三〇分ころから同八時ころまでの間に訴外会社新発田工場に赴くように指示していた。

16  「代車」は、運搬業務のない日には、訴外会社に出向く必要はなかった。

17  「代車」は、製品の納入現場への運搬作業が終了したとき、電話で訴外会社の配車係に連絡を取り、その後の運搬作業がない場合は訴外会社に戻ることなく帰宅していた。

18  訴外会社は「代車」に対し、運搬に係る製品の納入場所、納入時刻あるいは製品の種類及び数量を指示するが、出発時刻及び運行経路等の指示はしていなかった。

19  「代車」の使用していた車両に係る税金、自賠責保険及び自家用自動車保険の保険料、燃料費、修理代などは、「代車」が負担していた。

20  運搬業務に必要なワイヤー、ガッチャー等の機械器具、作業服、安全帽、安全靴なども、「代車」が自己の費用で購入していた。

三訴外会社の「代車」に対する運搬業務を遂行するに当たっての指揮監督等について

1  「代車」の地位について

(一) 右二の事実から、訴外会社は「代車」に対し、報酬の計算や支払、勤務時間、就業規則の適用などの面において他の従業員と区別し、あたかも訴外会社の運搬業務を下請している業者のような扱いをしていたと認められる。

しかしながら、他方、「代車」の使用していた車両の自動車登録における使用者は訴外会社の新発田工場とされていたこと、車両の外観は訴外会社のシンボルカラーが塗装されるなど訴外会社の所有であることを示すものが多かったこと、製品の運搬先である訴外会社の取引相手は「代車」を訴外会社の従業員として扱っていたとうかがわれること、「代車」が交通事故を起こした際の処理を訴外会社が行っていたことなどに鑑みると、訴外会社は、対外的な関係においては「代車」を訴外会社の運搬業務に従事する従業員として扱っていたとみなければならない。

(二) 右のように、「代車」は、ある面では訴外会社の従業員と区別され、他の面では従業員と同様に扱われる、特殊な地位にあったと解される。そして訴外会社が「代車」をこのような特殊な地位に置いたのは、「代車」を形式的には訴外会社の組織の外に置きながら、「代車」の有する車両を自家用車として使用して製品運搬部門を恒常的に確保するという、訴外会社の経営政策上の理由に基づくことは明らかである。

他方、「代車」が訴外会社の運搬業務に従事しようとしても、正式の従業員として雇用される途はなく、右のような訴外会社の経営政策に添った地位において就労するほかはなかったのである。

ちなみに、証拠(<書証番号略>、証人椿豊繁、証人赤塚静雄)によれば、本件事故の後、訴外会社は「代車」との間で雇用契約を締結し、「代車」は全員、訴外会社の正式な従業員となったことが認められる。このように「代車」が訴外会社の正式な従業員となる途がある場合には、訴外会社の「代車」はただ一人も拒否することなく訴外会社の従業員となっていること、及び後記四のとおり「代車」が事業者性を有しないと解されることに鑑みると、「代車」があえて望んで前記のような地位にあったとは解されない。すなわち、「代車」にとって、右のような地位にあることによる利益が特に存するとは理解できない。

以上のとおりであるから、「代車」が右のような地位にあったのは、専ら、訴外会社の経営政策上の理由によるものであると判断するのが相当である。

2  運搬業務を遂行するに当たっての指揮監督について

訴外会社が、前記のように「代車」に対し、作業現場での服装や態度等に注意すること、交通事故を起こした際の処理に関することなどを記載した「御願ひ」と題する文書(<書証番号略>)を発出したり、車両の作業前点検を義務付けたり、作業における安全管理上の諸注意のみならず、作業の具体的手順、荷下ろし作業における現場責任者の指示に従うことや製品の取扱基準などを詳細に規定した「トラッククレーン運転業務作業規定」及び「運搬業務作業規定」(<書証番号略>)を定めて適用していたのは、「代車」を対外的な関係において従業員として扱っていたことを背景としてのみ、理解しうるものである。

してみれば、右の種々の指導は、訴外会社と「代車」の双方にとって、使用者が従業員に対して発する業務命令と同程度の重要性があったと推認しうるところであって、訴外会社の「代車」に対する指揮監督は、専属的な下請業者に対する指揮監督の程度にはとどまらず、「代車」の業務のあり方をほぼ全面的に規制する程度に及んでいたと解される。

3  運搬業務従事の指示に対する諾否の自由について

そもそも、業務従事の指示に対して諾否の自由があると認められるためには、業務従事の指示を受けた者が、その指示を拒否して他で就労することも自由になしうる地位にあることが必要である。

しかるに、「代車」は、訴外会社によって他社の製品等を運ぶことが禁止されていたのみならず、「代車」の運搬業務にとってほとんど唯一の手段であるといいうる車両は、自動車登録における使用者が訴外会社の新発田工場とされていたうえ、訴外会社のシンボルカラーに塗装されていたものがほとんどであったのであるから、「代車」が他で就労することは、事実上困難であって、運搬業務従事の指示に対する諾否の自由はほぼ完全に制限されていたと評価せざるをえない。

4  時間的、場所的な拘束性について

前記二の15ないし18の事実によれば、訴外会社の「代車」に対する時間的、場所的な拘束は比較的緩いものであったと考えられる。

しかしながら、訴外会社の「代車」に対する時間的、場所的な拘束が緩かった理由を考えるに当たっては、「代車」に対する報酬の計算方法、及び「代車」の従事していた運搬業務の特質を無視してはならない。

すなわち、訴外会社の営業にとって重要であるのは、指定した製品が、指定した納入場所へ指定した納入時刻に確実に届けられることに尽きるのであって、運搬途中の休憩時間や運行経路などはおよそ問題とならない。また、「代車」に支払われる報酬は、原則として、「代車」が行った運搬業務の距離に基づいて計算されていたのであるが、その距離は、訴外会社新発田工場を起点とする納入場所までの直線距離によって算出されるため(証人椿豊繁)、納入場所までどの道を通るかは訴外会社にとって全く考慮する必要がなかったのである。さらに、報酬が距離に基づいて計算される場合には、勤務時間は全く考慮されていなかったから、訴外会社が運搬業務を終了した「代車」を拘束する必要もなかったことは明らかである。

右のような事実に鑑みると、「代車」の労働者性を判断するに当たって、訴外会社の「代車」に対する時間的、場所的な拘束が緩いものであったことは、必ずしも重視すべきではないといわざるをえない。

5  その他

(一) 労務提供の代替性について

前記二の7のとおり、訴外会社は、「代車」の車両を他の者が代わりに運転して運搬業務に従事することを認めていない。

右の点について、被告は、訴外会社としては、車両の名義が訴外会社新発田工場となっていたので、クレーン、玉掛、フォークリフトの資格のない者の運搬作業によって事故等が発生すれば訴外会社にとって重大な問題となること、「代車」に代わって運転した者には傷害保険の適用がないことから、「代車」の車両を用いて代わりの者が運搬業務に従事することを認めなかった旨を主張している。

しかしながら、訴外会社は、右のような資格を有する者を恒常的に確保して自社の製品を運搬させるためにこそ、「代車」をして運搬業務に従事させていたのであるから、代わりの者に運搬業務をさせなかったのはむしろ当然のことといえる。それゆえ、「代車」の労働者性を判断するに当たって、被告の右主張が、労働者性を否定する事情となるものとは解されない。

(二) 報酬の性格について

被告は、訴外会社から「代車」に支払われていた報酬は「代車」の運搬業務の完成高に応じたものであり、一定の作業時間内における労務の提供に対し包括的に支払われたものではないから、労務対償性を認め難いと主張している。

しかしながら、労務対償性の有無は、労働者が使用者の指揮監督の下で行う労働に対して支払われたものかどうかによってのみ決すべきものである。これを換言するならば、報酬が完成高に応じて支払われるとしても、直ちに労務対償性が失われるものではないから、被告の右主張は採用できない。

四「代車」の事業者性について

1 前記二の4、19及び20のとおり、「代車」が使用していた車両は、実質上「代車」が所有するものであり、その燃料費、修理代等はすべて「代車」が負担し、その他の運搬作業に必要な機械器具や作業服等も、「代車」が自己の費用で購入していた。

このように「代車」が種々の費用負担をしていたことから、「代車」は自らの計算と危険負担において業務を行う者ではないか、すなわち、「代車」の事業者性の有無が問題となりうる。

2  前記のとおり、「代車」にとってほとんど唯一の就労の手段である車両の自動車登録における使用者は訴外会社新発田工場となっていたのみならず、車両は訴外会社のシンボルカラーに塗装されたものがほとんどであって、「代車」が他で就労することは、事実上も困難であったと認められる。したがって、「代車」が生活費を得ようとすれば、訴外会社において運搬業務に従事するほかはなかったと考えられる。

また、証拠(<書証番号略>)によれば、昭和五九年一月から同年一二月までの間に訴外会社から栄則に支払われた報酬は、保険料等を控除した支給額が五八四万円程度になるものの、車両月賦代金(年間約一二〇万円)や修理代金(年間約一〇〇万円)、燃料代金(年間約一〇〇万円)などの諸経費を差し引くと、さして高額な収入を得ていたとはいえないことが認められ、他の「代車」も同様であったと推認できる。

3  ところで、自らの計算と危険負担において業務を行う者といいうるためには、単に諸費用の負担をするというのみでは足りず、より高額な報酬を求めて就労先を選択することによって自己の労働力を自由に処分することができ、かつ、諸費用の負担も自らの裁量により調節することによって実質収入を増やすことが可能であるなど、広範囲の裁量の余地を有することが必要であると解される。

この点を「代車」についてみると、「代車」は、他社の運搬業務に従事することはできなかったうえ、車両の燃料代や整備費、その他の機械器具や作業服等の費用負担は、いずれも「代車」の裁量によって調節できるような性質のものではなく、また、「代車」が訴外会社から得ていた収入もさして高額なものといえない。

これを要するに、「代車」が車両を所有するとともに諸費用を負担していたのは、訴外会社の経営政策上の必要に基づいて「代車」が形式的に訴外会社の組織外に置かれていたことによるものであって、「代車」は、自己の労働力を自由に処分することなどはできず、したがって自らの計算と危険負担において業務を行う者とはいい難いから、事業者性を有しないと解するのが相当である。

4  なお、被告は、公租などの負担関係を捉えて、「代車」が事業者性を有する旨を主張している。しかしながら、これも訴外会社の経営政策上の必要に基づき、「代車」が形式的には訴外会社の組織外に置かれていたことに起因する事柄にすぎない。したがって、右は、事業者性の判断において重視すべきではない。

五「代車」の労働者性について

以上の事実を総合すると、「代車」は、訴外会社との関係において、運搬業務を遂行するに当たって相当程度の指揮監督を受けるとともに、運搬業務従事の指示に対する諾否の自由をほぼ完全に制限されており、かつ、事業者性を有しないと解されるので、訴外会社の指揮監督下において労働していると認められる。したがって、「代車」は使用者たる訴外会社に対する使用従属関係の下に労務を提供し、その対償として訴外会社から報酬の支払を受けている者といえるから、労災保険法の適用を受ける労働者に該当すると判断するのが相当である。

そして、栄則も、他の「代車」と全く同じ形態で訴外会社の運搬業務に従事していたことは当事者間に争いがないから、同人は、労災保険法の適用を受ける労働者に該当すると認められる。

六結論

以上のとおりであるから、栄則が訴外会社との関係において労災保険法の適用を受ける労働者に該当しないとして原告の保険給付請求について不支給の決定をした本件処分は違法であって、取り消されるべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官春日民雄 裁判官鈴木信行 裁判官手塚明)

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